きゅうえもんのおと

どうでもいいことだらけの日常






「小林麻央さん亡くなる」というニュースに率直に思うこと

 

昨日(2017年6月22日)夜、小林麻央さんが亡くなったそうだ。

夫の市川海老蔵氏が会見をしていた。

 

 

小林麻央さんがブログを更新するとニュースになっていた。Yahoo!のトピックスで何度も見かけた。それで見なければ、わざわざブログにアクセスしたりすることはなかったので、一個人の病気の話だが、ニュースにすることも何らかの意味があるのかもしれないと思った。

 

去年の乳がん公表の会見の内容を聞いた時点で、かなりまずい状況だということは、多くの人が感じたと思う。

その後の経過も良くなく、いい方向へ向かっているという内容はなかったのではないかと思う。これは、自分の認識だが。

 

 

 

市川海老蔵氏は、20代の頃、中々のやんちゃぶりを見せていたが、父親市川団十郎氏が亡くなったのをきっかけに、責任感を持つ大人へと変貌したと感じている。

一年前の、小林麻央さんの乳がん公表の会見でも、かなりしっかりした受け答えをしていた。

父親が亡くなり、子供が生まれ、将来の市川団十郎であるという自覚が明確となり、背負う覚悟ができたのではないかと推測する。

 

 

小林麻央さんについては、残念でならない。

婚約会見、結婚会見での美しい姿が度々テレビで流れるが、それを見る度に切ない思いになっていた。ブログの写真が、徐々に、癌を患った人特有の人相になっていっていたからだ。

小林麻央さんなら、加齢によって、年相応の美しい女性になっていただろうと思う。

 

子供の成長を見たいという気持ち、死にたくないという気持ちはあったろうと思う。

自分はそんな気持ちになりたくない。とても怖い。

大切な家族が末期がんになるなんてことは想像もしたくない。

 

 

小林麻央さんのような状況に置かれている人はたくさんいるのだろう。

乳がんにかかる女性の割合はとても高いと聞く。3~4人に一人くらいの割合ではなかっただろうか。乳がんにかかった人で、かなり進行している人は多くいるだろう。

 

小林麻央さんのブログや周囲の人達が発する情報によって乳がんにかかるとどういうことになるかということが知れ渡ったと思う。

触って分かる癌であるということだから、なるべく早く気付くように、女性は気を付けた方がいいと思う。

 

 

市川海老蔵氏のプロポーズが「来世でも再来世でも一緒に」という内容だったというが、それが、こんなことを暗示していたとは思いたくはない。

これがこれから先、ロマンを感じるエピソードとして語られるように、市川海老蔵氏には頑張ってもらいたい。

 

 

 

   

 

 

「痴漢をすることは悪いことだから、痴漢を未然に防ぐために、まだ痴漢をしていないが痴漢をしようとした人を処罰しよう」という痴漢準備罪があったとしたら、どうだろうか?

トピック「共謀罪」について

 

【目次】

 

 

 

テロ等準備罪新設・改正組織犯罪処罰法成立

 

テロ等準備罪が新設された改正組織犯罪処罰法(「共謀罪法案」などと呼ばれていたアレだ。)が成立した。

 

www3.nhk.or.jp

 

このニュースを報じるときに、街頭インタビューを流していたが、その中に「テロを起こすつもりがないから自分達には関係がない」、「生活するのが精いっぱいで、そこまで考えられない」と発言する人がいた。

 

この法案をめぐっては、少しだけでも、危険な臭いを感じてほしかった。

 

 

誰だって、知っているんじゃないだろうか?

大本営発表は嘘ばかりだった。新聞社も嘘の伝達に加担していた」

赤紙が来たら、心の中でどう思っても、喜んで行くふりをしなければならなかった」

「戦争をすることはおかしいと思っても、言えなかった。なぜなら、言うと、どこかに連れていかれて戻って来られなくなるから」

「死ぬのは嫌なのに、戦死することを喜ばなければならなかった」

 

そんな時代があったことを、みんな、知っているんじゃないだろうか。

 

今の流れが弱まらなければ、こんな時代が来るかもしれない。

 

この記事では、 そういうことについて考えたい。

 

 

 

   

 

 

 

 刑罰が書いてある法律ははっきりと書いていなければならない

 

テロ等準備罪で問題とされている点について、個人的に思うところを書く。

 

 

法律の世界では、刑罰が科されるときには「何をしたら、どれくらいの刑になるのか」がはっきり定められていないといけないという大前提がある。

 

何をしたら、捕まるのか。何をしてよくて、何をしたらダメなのか。

これがはっきりわからないと、普通に生活できない。

 

どれくらいの刑になるのかということも、はっきりわからないといけない。

 

例えば、アヘさんがコンビニでガムを盗んで、罰金1万円を科されたが、アホさんがコンビニで同じガムを盗んだら、懲役10年を科されたという場合。

 

同じ罪を犯しているのに、人によって刑の重さが違いすぎる。

不公平だし、一体どれくらいの刑になるのか、事前に全く分からない。自分が何をしたら、どうなるのかが事前に分からない。

 

 

 

言葉には意味の幅がある

 

殺人罪は知っていると思う。

刑法には「人を殺した者は」処罰すると書いてある。「人を殺した」に当てはまった人が身柄拘束(逮捕)されて、裁判をして、刑罰を科される。

 

では、「人を殺した」とは、どういうことを言うのだろうか?

何をしたら「人を殺した」と言えるのだろうか?

それはどんな行為なのだろうか?

 

包丁で刺したら?

首を絞めたら?

鈍器で頭を殴ったら?

階段から突き落としたら?

毒を飲ませたら?

 

 

さらに、「人を殺した」と言えるためには、人が死ぬことが必要だ。

誰かが何かをして、そのせいで誰かが死んだと言えなければならない。

 

 

このように、実際は、一番分かりやすそうな殺人罪ですら、「人を殺した」に当てはまると考えられる行為に多くの種類があって、さらにその行為によって死んだのか(他の要因は全くないか)が証明されなければならないという判断過程が必要なのである。

 

 

 

 

「人を殺した」ではなく、「痴漢しようとした人」だったら

 

ここからもう少し、考えてみる。

 

「殺した」とか「盗んだ」ではなく、「痴漢しようとした人」だったらどうだろうか?

 

「盗んだ」人は、盗み終わった人だ。

「痴漢しようとした人」は、まだ痴漢をしていない

痴漢をすることは悪いことだから、痴漢を未然に防ぐために、まだ痴漢をしていないが痴漢をしようとした人を処罰しよう」という痴漢未遂罪痴漢準備罪(痴漢予備罪)があったとしたら、どうだろうか?

「痴漢をしようとした」とは、どのようなことを言うのだろうか?

東京都心の満員電車で女性(男性)と密着してしまって掌が女性(男性)の尻の近くにあるが、捕まりたくないからと手を動かした。

この人は、「痴漢で捕まりたくない」から尻から手を遠ざけようと動かしたのに、「痴漢をしようとして手を動かした」と言われるかもしれない。

手を動かしたから、痴漢未遂罪だと言われるかもしれない。

 

ある酒席で、3名が痴漢について語っていた。一人は「痴漢をする奴の気がしれない」と言い、一人は「痴漢をする気持ちが少し分かる」と言い、もう一人は「興奮するだろうなぁ」と言っていたとする。

この会話を聞いていた人が通報して3名が捕まる。3名とも、痴漢の計画をしていた容疑で。

 

 

さらに、もし、盗撮準備罪があるとしたら。

街中でスナップ写真を撮るために、カメラを常に持ち歩いていたというだけで、「盗撮しようとした」と言われて警察に連れて行かれるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

では、テロの準備行為とは何か?

 

では、テロの準備行為とは何だろうか。

 

法案には、テロのための金を手配したり、テロのために物を用意したり、関係場所の下見をしたり、計画をした犯罪を実行するための準備行為をしたら刑罰が科されると書いてある。

 

何をしたら、テロの計画を実行するための準備行為をしたと言えるのだろうか。

 

爆弾を用意したら?(企業爆破事件)

包丁を買ったら?(池田小無差別殺傷事件)

トラックを借りたら?(秋葉原通り魔事件)

 

特別な許可なく爆弾を作ったらそれはテロの準備行為だろうと思うだろう。

だが、包丁を買ったり、トラックを借りたりする行為はどうだろうか。

普通は捕まらないのに、ある人が包丁を買えば捕まり、ある人がトラックを借りたら捕まるという都合のいい使い方(恣意的な運用)がされたらどうだろうか。

 

「自分はテロに関わることなんてないから関係ない」と言いたくなるかもしれないが、無理やりこじつけられて「テロの準備行為だ」と判断されて警察に連れていかれたらと考えると怖くないだろうか。

 

 

 

 

曖昧な法律の怖さ

 

曖昧な法律は、権力を持つ人間が好き放題できてしまうというデメリットがある。

それでは国民が自由に生きられない。

だから、憲法でも「あいまいな刑罰法規はダメだ」と言っている。

 

「罰を与えるよ」と書いている法律は、はっきりと、「何をしたら、どうなるか(どんな刑罰が科されるか)」が書かれていなければならない。

テロ等準備罪に問題があると言われているのが、この点だ。

テロ等準備罪は主に「何をしたら」の部分が曖昧なのだ。

そこを危惧している人がいるのだ。

 

 

自民党が、

テロ組織はグローバル化しており、世界中どこでもターゲットとなり得る。テロを現実に差し迫った脅威として認識し、東京オリンピックなどの安全な開催に向けて、万全の対策を講じていかなければならない

と言っているのは間違っていない。

だけど、「テロを防ぐための手段として曖昧な刑罰法規を定めていい」ということにはならない。

 

 

 

「何をしたら」捕まるかが曖昧だったら、怖くないだろうか。

 

何をしたら警察に連れて行かれるのかが明示されていないと、捕まる方もあやふや、捕まえる方もあやふやだ。

捕まる方は、一体自分が何をしたら捕まるのか不安な毎日を送らなければならない。捕まりたくなくて、権力にごまをするようになるかもしれない。

捕まえる方は、自分達に都合のいいように法律を使うだろう。自分達の気に入らない奴らは、「テロ等準備罪に当てはまる」と言って、捕まえればいい。

 

反論する人がいなくなれば、議論自体がなくなる。

全て満場一致となれば、議論しなくてもいい。

 

議論がない国とはどんな国か、それくらいは想像できるだろう。

近い範囲にいくつもある。

我が国も、そんな時代があった。

 

そんなことになってもいいのか?

 

 

 

 

戦争へ向かう流れ

 

戦争は起こってほしくない。

でも、安倍党首の自民党では、戦争していたときの日本に向かって進んでいるように感じてしまう。

 

平和ボケの世代で、学校で学ぶ程度の知識しかなくても、戦争に遭遇したくないと思う。

死にたくない。家族を死なせたくない。

 

 

 

今の流れは、世界でも、戦争へ向かっているように見えて、怖い。

自分達は「保護主義」と学んだ。

自国第一主義と言えばいいのだろうか。

 

この流れの到達点は、「自国の利益のためなら何でもする」だ。

他国の領土を占領することも、国益のためだと言ってしまえば、正当化される。

 

そういう流れはとても怖い。

 

 

 

 

テロ等準備罪一つで、戦争をしていたときの日本への流れができてしまう。

今は大丈夫かもしれない。だが、日本は過去に、おかしいことをしていたことがある国なのだ。どの国もそうだろう。人権侵害をしていたから、人権を守るという動きが生まれる。

国が暴走することは、安全運転のときは想像ができないかもしれない。平和ボケしているときには、想像ができないかもしれない。だけど、想像の元ネタはある。過去の出来事だ。

 

 

すぐに分からないと言わないで、想像してほしい。

 

 

 

 

異常事態に陥ったときのために、隙だらけの法律を作ってはいけない

 

 国が正常なときならいい。

異常事態になったときの国を守るのは、正常なときの国なのだ。

異常者が好き勝手に使える法律を残しておいたらいけない。ましてや、作るなんてもっての外だ。

 

 

 

 監視についても、注意が必要だ。

「やましいことがないから、監視されても問題ない」と言っている人は要注意だ。

今の時代ですら、日本の検察は証拠をねつ造したのだ。

証拠のねつ造が怖いことは、想像できるだろう。

 

いつでもどこでも映像に撮られて音声を録音されているときに、冗談で「爆発しろ」と言ったとする。

この音声を自由に使える側は、これを好きなように利用して、証拠があるからと捕まえる。

これは証拠の「ねつ造」ではなく、「恣意的な利用」だ。

こんなことで、身柄拘束される時代が来るかもしれないのだ。

そんなことに使われるような隙だらけの法律は作ってはいけないのだ。

 

 

憲法で「通信の秘密を確保するぞ」とわざわざ規定したのは、通信に秘密がなかった時代があるからだ。

昔は手紙だったが、手紙を他人(権力者)に勝手に見られるのだ。

そして、「やましいことを考えていたから捕まえる」と、捕まえるのだ。

友達に自分の考えを伝えようとしていただけで、まだ、何もしていないのに。

さらに、その手紙の内容は、権力者から見ればやましいかもしれないが、国民から見ればやましくないのに。権力者にとって都合が悪くて、国民にとって都合がいいのに。

 

 

 

 

どうか、少しだけ想像してほしい。

 

自分の国を守るのは、自分達だ。

 

 

 

   

 

 

 

フリーのアナウンサーの月収600万~700万円

長谷川豊氏が最高月収を明かしたらしい。

一昨日、ネットニュースで見た。

 

 

news.livedoor.com

 

 

「フリーのアナウンサーは儲かる」とよく聞くが、長谷川豊氏の話したことが本当ならば、確かに局アナより儲かる。その額の収入が常に得られるわけではないが。

長谷川豊氏でこの月収となるならば、「ミヤネ屋」や「Mr.サンデー」をやっている宮根誠司はどのくらいの月収となるのだろうか。

 

今、宮根誠司氏の漢字を調べるために検索した。

宮根誠司氏は、高校まで島根県で過ごしていたのだな。

関西大学に進学して関西へ。そして、朝日放送入社。

 

おはよう朝日です」の評判が良かったことからフリーへ転身し、読売テレビの「ミヤネ屋」に繋がったという印象を持っていた。「おはよう朝日です」での活躍ぶりは知らないが。

 

あの立派な関西弁は、大学進学後に身に付けたものなのだな。

だから、薄っぺらいオッサンに見えるのか。

 

あれは、関西弁をしゃべるからというわけではないことは感じていた。関西弁をしゃべる人でも、重い人は重い。しかし、宮根誠司氏は軽いという印象だ。

一生懸命関西弁をしゃべり、一生懸命番組を回そうとする。しかし、自分が回したいように回そうとしていると感じる。

番組司会者、キャスターというのはそういうものなのかもしれないが、持っていきたい方向が見えてしまっている。

面白くないわけではないが、それが見えるから、見るのが嫌になることがある。

 

 

宮根誠司氏のことを話したかったのではなかった。

フリーアナウンサーの月収についてだ。

 

フリーアナウンサーの収入というのは全く想像ができなかった。

フリーアナウンサーだけではなく、テレビに出ている人の収入というのがどれくらいなのか、想像できなかった。基準になるものは何もない。知り合いがテレビの仕事をしているわけではないし。

その中で、内訳は分からないが、「フリーアナウンサー長谷川豊」としての最高月収は600万円から700万円あったということは、一つの基準になった。

 

フリーになって、局アナ時代よりも露出が減った人はたくさんいるが、それでも、何か一つの番組に出演していれば、生活はできるのではないかと想像する。

高島彩氏などは、長谷川豊氏よりもギャラは良いのではないか。視聴者の評判もすこぶるいいと思うからだ。

 

 

ビートたけしが土曜夜に「情報7days ニュースキャスター」に出演しているが、生放送であるし、1時間半近い出演であるし、ネタを挟むし、1回の放送にかなりの出演料が支払われているのではないだろうか。安住紳一郎氏に出演料がかからない分でつり合いがとれているのだろうか。

 

 

 

テレビの出演料というのは、本当によく分からない。

妥当なのかという判断が全くできない。

 

 

 

 

   

 

 

 

あの「プロ野球ai」が休刊

 

あの「プロ野球ai」が休刊したらしい。

 

 

news.livedoor.com

 

 

『プロ野球ai』休刊のお知らせnikkansportspublishing.wordpress.com

 

 

 

書店で 「プロ野球ai」の表紙を見るだけで、恥ずかしいような気持ちが湧き起こっていた。

 

ライブドアニュース」の見出しにあるように、「アイドル雑誌風」と言うのが的確な感じがする。「週刊ベースボール」とは毛色が違う。

 

 

ほとんど男しかいない時間を多く過ごしてきた野郎どもが、似合わない服を着て笑顔を作る。ひきつる。

かっこいいと騒がれても、それは運動ができるかっこよさが(かなり)プラスされたものだ。ルックスはそうでもない。男前は限られている。

だが、活躍する選手を取り上げないわけにはいかないから、時々、場違いな表紙になっていることがある。ポーズを指示(強要)されていると思われるが、指示(強要)する方も、もうちょっとマシなポージングを注文すればいいものを、ぎこちなく、見ているこっちが恥ずかしくなるポーズとなっている。

ユニフォームを着ていればまだ許容できそうだが、ユニフォームすら着ていない。

 

これは、球団オフィシャルカレンダーにも言える。

ヘタにカレンダー用に撮影するのではなく、プレー中の最高にカッコイイ写真を使った方が絶対にいい。

やはり、彼等はプレーしている時が最もかっこいい。

 

顔が写っていなくてもいいのだ。ファンならば、顔なんて見えなくても、ダイビングキャッチしている写真を見れば、誰かが分かる。

 

そう、彼等は、ユニフォームを着て、帽子をかぶって、守備で打席で構えているからかっこいいのだ。

 だが、プレーしている姿や試合中の表情に惚れてしまうと、その選手の試合以外での姿も見たくなる。「プロ野球ai」は、そんな女性の需要があったのだろう。

 

 選手からすると、「プロ野球ai」に登場することは嬉しいことなのだろうか?

「俺、モテてる!」と思えれば嬉しいだろうか。「俺、そんなキャラじゃないし」とか「俺が載ったって、からかわれるだけだし」とかいう選手もいたんじゃないだろうか。

「今となっては黒歴史」という選手がいても不思議ではない。

 

昔は、イチローも登場していた。

記憶にある限り、イチローはそんなに恥ずかしそうな表情もしておらず、それなりにこなしていたと思う。

 

 

しかしまあ、最近は開いて見ることなどなくなっていたが、「あーあ、また、恥ずかしいカッコしちゃって」みたいな気持になることがなくなるのかと思うと、寂しいものがある。

 

 

 

   

 

 

 

カールについて「ちょっと違う」と書いた翌日に販売中止が発表されて後悔してる

今週のお題が「おやつ」だったから、「おやつ」について思うところを記事を書いた。

 

qp1qp1.hatenablog.com

 

この記事を書いた翌日、カールの販売中止のニュースが飛び込んできた。

 

this.kiji.is

headlines.yahoo.co.jp

 

毎日新聞の記事によると、

 

滋賀県京都府奈良県和歌山県以西の西日本地域では「カールチーズあじ」「カールうすあじ」のみの販売となる。

と書いてある。

 

「中部以東」、「中部以西」とはどこかとピンと来なかったが、こう表記されると分かりやすい。いわゆる「関西」から西は販売継続ということだ。

福井県では販売終了、岐阜県も販売終了、三重県も販売終了。

 

 

売上減少について、

1990年代に190億円だった売上高は2015年に60億円程度までに減少していた。

ピークの3分の1以下の売上となっていたんだな。

コンビニでは毎週新商品が発売されている。期間限定商品も多い。他のスナック菓子を買うとカールにまで手が回らなくなる。そして、「カールはいつでも買える」という意識があるから、余計に後回しになる。

単純に「人気がなくなった」とは言えないのではないかと思っている。

 

だから、

一時は全国での販売終了も検討した

そうだが、これはなんとか踏み止まってくれてよかったと思っている。

みんな、カールが嫌いになったわけではない。ポテトチップスには無いあの食感が欲しくなるときがあるのだ。

生産拠点を1つにして、なんとか生産を続けてほしい。

 

Amazonで「カール」を検索してみた。

マーケットプレイスでの出品があった。

中部以東に住む人も、「チーズあじ」と「うすあじ」はAmazonで買える。

しかし、いずれ「カレーあじ」は消滅する。

希望は、復刻版の販売だ。

生産拠点が残っていれば、期間限定商品での発売があるかもしれない。

 

 

 

ポテトチップスについて語っていて「カールはちょっと違う」と言ってしまった。

だが翌日の販売中止記事を見たら、「待ってくれ!そんなつもりじゃなかったんだ!」と思ってしまった。

 

いなくなればいいと思ったわけではない。

違うんだ。

ポテトチップスの隣に、上に、下に、いつもいるカール。これは、なければならないものだ。

いなくなるなんて、想像もしてなかった。

 

すまない、カール。