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きゅうえもんのおと

どうでもいいことだらけの日常






「おやつ」といえば

今週のお題「おやつ」

 

 

「おやつ」と聞いて思い浮かぶ物について考えてみる。

 

 

小学校低学年までは おにぎり

 

小学校低学年の頃は、学校から帰るのが早かった。

 

2時くらいに家に帰ると、母がおにぎりを握ってくれた。

握りたてのおにぎりは、まだアジシオが馴染んでいなくて、粒が分かるくらいだった。それが好きだった。それに縦長の味付け海苔を巻いて食べる。味付け海苔がまだパリパリしているうちに味付け海苔に到達するのが目標だった。

 

今でもおにぎりは ほっかほかの握りたてが好きで、塩の粒が分かるくらいが好きだ。

白いご飯に塩をかけるのとは違う。握ってあるからおいしい。少しご飯粒が押されて ねちっこく ねばりが出ているのがおいしいのだろう。ぎゅっと握るからおいしい。ご飯粒とご飯粒がバラバラになっている、茶碗の中のあの白いご飯とは違う。あれはあれでおいしいけれど、おにぎりのおいしさとは違う。

白いご飯と塩。このコンビが「握る」だけで違う食べ物になる。

 

 

あつあつご飯を握ったできたてのおにぎり。

好きな人は思い浮かべてほしい。

 

あれは「おやつ」になり得るか。

なる。

「おやつ」になる。

ごはん だけど「おやつ」になる。

 

だが、コンビニのおにぎりは「おやつ」にならない。

あれは「おやつ」ではない。

別のものだ。違う食べ物だ。

セブンイレブンのおにぎりはおいしい。おいしいが、「おやつ」にはならない。

 

あつあつごはんの握りたての塩振りたてでなければならない。

 

 

 

夏はピノ

 

夏はアイスが思い浮かぶ。

 

ガリガリ君」を筆頭に挙げる人も多いだろう。

だが、筆者は「ピノ」を選択する。

 

ガリガリ君」もおいしい。

7月下旬の梅雨明け後の炎天下の下、溶け落ちてくる液体のスピードと戦いながら食べる「ガリガリ君」。

コンビニなんてなかった。買うのはスーパーか、個人商店だった。

買ったら店の前ではなくて、自転車で公園や幼稚園のグラウンドに移動した。昔はすごく遠く思えた。

自転車を停めたら、自転車に乗ったまま、ゴミを自転車のかごの中に入れて「ガリガリ君」を食べた。

 

それがいつしか、「ピノ」になった。

お店で買って、自転車に乗って公園に移動して 「ピノ」を食べる。

ガリガリ君」と比べると 「ピノ」は値段の割に物足りなく感じる。

小さな台形のチョココーティングされたアイスが6個入り。足りない。

足りないから、食べたくなる。「足りないくらいがちょうどいい」。

 

チョコとバニラアイスとのコンビが今でも大好きだ。

今だったら「パルム」もいい。だが、もうちょっとチョコがパリパリしている方が好きだ。

 

大人になると、「ピノ」をバラエティパック(ファミリーパック)で買えるようになる。が、気に入らない。

3種類入っている。そのうち、外チョコ・内バニラアイス、外チョコ・内チョコアイスは、分かる。だが、外アーモンドチョコ・内バニラは気にくわない。

 

なぜ そんなことになる!

頼むから、チョコ&バニラアイスか、チョコ&チョコアイスの2種類だけで売ってくれ!!

ずっと待ってるけど、何年も二桁年も待ってるけど、変わらない!!

なぜだ!!

 

種類を減らした方が手間がかからないだろう。…と考えるのは素人だからか。

しかし、「ピノ」好きは、3種類もいらないと思っているはずだ。

 

2種類でダメなら、1種類で売ってほしい。

それなら、安い店で「ピノ」を大人買いすればいいだけのことか。

 

 

 

 

王道 ポテトチップス

 

「おやつ」といえば、カルビー

カルビーといえば、ポテトチップス。

 

昨年、北海道が台風に見舞われ、雨がひどく降って洪水が起こったせいで じゃがいもが確保できないとして、カルビーは一部商品の出荷を停めた。その中に「ピザポテト」が入っていた。

 

これは痛い。消費者としても、生産者としても、製造者としても。

 

「ピザポテト」を初めて食べたとき、あのチーズがとてもおいしいと思った。小学校1年生だったのではないだろうか。

厚切りギザギザポテトで、食べ応えがある。

うすしお」とか「コンソメパンチ」の「ポテトチップス」と同じ形状のポテトを薄切りしたものにチーズを乗せただけでは、あそこまでおいしくない。商品開発した方 グッジョブだ。

 

もう少し(数か月かかるようだが)で「ピザポテト」が通常モードになるらしいので、安心した。今となっては たまに食べる「おやつ」になっているが、無いと不安、あれば安心だ。

 

近所の店から、一時期「コンソメパンチ」が消えた。北海道の収穫量が落ちたからではないかと思った。

セブンイレブンへ行くと、プライベートブランドでコンソメ味のポテトチップを売っていた。購入して食べたが、味がとても濃かった。濃いのがお好きな方はぜひ、お試しあれ。

 

コイケヤ」の「カラムーチョ」も好きだ。

だが、あれは食べると ニンニク臭くなる。

中学生くらいの頃、おばあちゃんに、「あんた、ニンニク食べた?」とよく聞かれていた。「いや、食べてないよ」と答えると、「食べてない?そう?ニンニク臭いなぁ~」と言っていた。最初はピンと来ていなかったが、原因が「カラムーチョ」にあるということに気付いた。だが、やめられなかった。「止められない、止まらない」。

 

かっぱえびせん」もおいしい。特に、梅味と塩味、ソース味などが好みだ。

 

「カール」はちょっと違う。

 

現在、ポテトチップスでもっとも気に入っているのが「しあわせバター」である。

「あまじょっぱい」のが大好きだ。

「あまじょっぱい」で思い浮かぶのは、「ハッピーターン」、「ぽたぽた焼」。「ハッピーターン」は、もちろん粉まで舐め尽くす。あの魔法の粉を売ってくれないだろうか。手に入れたとして、何に使おうか。あぁ…「ハッピーターン」の粉よ……降り注いでおくれ。

「あまじょぱい」は正義だ。

 

 

 

 

結論

 

ほかほか握りたておにぎりは「おやつ」になり得る。

夏はガリガリ君、ピノ。ピノは大量に食べたかったら、バラエティパックを買うより、6個入りを大人買い

王道はポテトチップス。ピザポテトも素晴らしい。カラムーチョもかっぱえびせんもおいしい。

「あまじょっぱい」は正義。

 

 

 

   

 

 

結婚式はストレスの塊である

 「はてなブックマーク」で見つけた、「結婚式をやりたくない」という「はてな匿名ダイアリー」の文章を読んで、同じような思いがあったので、ここに書くことにした。

 

anond.hatelabo.jp

 

 

 男性でも女性でも、容姿というものは個人差がありすぎるものだ。

 顔が良くても背が低い、痩せたらかっこいい・かわいい、あまりにも背が高すぎる、極端な天然パーマ、極端に毛髪量が少ない、見えやすいところにアザのようなものがある、歯並びが悪い、等。

 結婚式で着飾ると、容姿の差が際立ってくる。

 

 他人と比べなければ良い話なのだが、男前や美人の結婚式に出席した後で自分が結婚式をするとなると、他人と比べられるのを恐れるようになる。「自分が結婚式をしたらどうなるだろう。こんな風にできるだろうか」と、自分が既に比べてしまっている。

 いとこや兄弟がいたら尚更だ。兄弟の場合、先にやっても後にやっても比べられる。兄弟だから同じような容姿になっても良さそうなものだが、そうはならない。片方が男前・美人で片方が不細工ということはある。

 

 容姿の問題だけでも、気が重くなる要素が多いのに、さらに、家族の問題、会社の問題、友人の問題が加わってくる。

 

 親を人前に出すのが恥ずかしいという人はいるだろう。今回、匿名ダイアリーに書いた人のように、親の知る世界が狭すぎて、それを人前で話されるのが嫌であるとか、酔っ払って余計なことを言われるのが嫌であるということも分かる。自分の親が恥をかく姿を見たくないし、自分の親がこのような人物であると思われたくないということもあるだろう。それが、親ではなく祖父母の場合もあるだろう。

 

 兄弟については、もっと複雑な感情がある場合が想像される。

 疎遠になってしまっていたり、問題行動がある場合、まず、連絡をとることからストレスを感じる場合がある。本心では「来てほしくない」と思っていても、「来てください」と言わなければならない人もいるだろう。

 それが、叔父叔母(伯父伯母)、いとこであるかもしれない。

 

 

 匿名ダイアリーの人のように、職場の人は呼ばず、友人を呼びたいという気持ちがある人は多いと思う。時間やお金を使わせて来てもらうのが申し訳ないという気持ちはよく分かる。

 仲の良い友人に見せる姿は、仲が良いから見せられるのだ。結婚相手の親戚に友人に見せる姿を見られたくないが、しおらしくしている姿を仲の良い友人に見せるのも恥ずかしいという人もいるだろう。

 

 会社の上司を呼ぶような風習はいつから生まれたのか。今の時代に結婚式をする風習が生まれていたら、会社の上司を呼ぶことが少数派になるのではないか。上司には会社で報告をして、仕事上障害がないようにすることで十分ではないか。自分の配偶者を見せる必要はないと思う。どんな配偶者かと聞かれたら、説明をして写真を見せれば良いのではないか。

 そんなことを思う。

 

 

 プロフィールの紹介についても、匿名ダイアリーの人に共感する。

ドレスに凝る花嫁がいるなら自分の自意識を守ることにこだわる花嫁がいたっていいじゃないか。

 いいと思う。

 

 「結婚式は女性が主役だ」などと言われることで、女性の方がプレッシャーを受けることがあるだろう。

 逆に、男性は「結婚式もできない甲斐性なしなのか」と思われることへのプレッシャーがあるだろう。

 女性にとっても男性にとっても結婚式は苦になる場合がある。

 

 二人の意見が一致することが一番良いが、片方だけが結婚式をしたいというペアもいるだろう。その場合、「なぜしたくないのか」と詰問されることもあるだろう。したくない理由を話すことが既にストレスだ。

 

 結婚式をしたくない理由というのは、したい人からすると、意外と分からないようだ。

 

 親を呼びたくない理由も、それぞれの家庭の歴史があって、その蓄積から呼びたくないと思っているから、一言で説明できないこともあるだろう。

 兄弟や親戚についてもそうだ。親戚となると、一家まるごと「カラー」が違うことがある。「合わない」と感じている親戚一家がある人もいる。だが、親に「呼ばないわけにはいかない」と言われると、気が重くなる。そういう人もいるだろう。

 友人にしても、友人同士は仲が悪いパターンでは、席をどうするか悩むだろうし、当日も気にしたという人もいるだろうし、終わってからも大丈夫だったかと気になる人もいるだろう。

 

 様々なことを考えていると、気が重くなるのはよく分かる。

 

 方々に気を使わなければいけない人にとっては結婚式はストレスがあまりにも多いイベントである。これは気持ちの問題もあるから、理解できなくても仕方がないのであるが、ただ単純に「容姿に自信が無いから」とか「面倒くさいから」とか「お金がもったいないから」という理由で結婚式をしたくないと言っているのではないことは分かってあげてほしい。

 

 

 

   

 

 

羽生結弦の股間が気になる人は多数いた

 

現在、フィギュアスケートのシーズンオフ。

 昨シーズン、気になっていることがあった。

 それは、羽生結弦ショートプログラムの衣裳は股間が目立つということ。

 

NHK杯のときだったか定かではないが、裏でアップしているシーンが映ったときに、股間がものすごく目立っていた。

大きくなっていたんじゃないかと思うくらいに。

 

見てはいけないものを見てしまったような気持ちになった。

 

 

 男は、いやらしいことを考えていなくても、興奮状態になると股間が大きくなることがある。

だから、たまに、スポーツ選手は勝利の直後に興奮のあまり股間が大きくなっていることがある。

有名なところでは、野球のWBC優勝時にイチローが「○○そう」とインタビューで発言したことがあったが、あれは、興奮状態にあったこと、緊張状態があったこと、達成感を感じたことなどを表す一言だったのではないかと考えている。

 

筆者は、羽生の気性は非常に男性的であると考えている。

 演技前の緊張感からそうなっていたのかもしれない。

これから演技することに対して興奮していたのかもしれない。

 

 

演技に入ると、アップの場面が映った時ほど大きく見えなかった。

 

もともと、レッツゴークレイジーの衣裳は下半身がぴったりとしていて、尻もくっきり浮かび上がっていた。

本人も分かっていただろうが、「恥ずかしいから嫌だ」とは思わずにそれを着ていたのだから、本人は見えてもいいと思っていたのだろう。

 

 

Google検索で「羽生結弦 股間」で検索してみると、レッツゴークレイジーの衣裳について触れている記事がいくつも出てきた。

中には、生生しいミセス(熟女)のコメントを書いているものもあった。

 

やはり、気になっていたのだ。

羽生のファンではない筆者ですら気にしていたのだから、テレビを食い入るように見ている熱心なファンは筆者の何倍も気になるだろう。

 

来シーズンの衣裳はどんなものになるのか。

 

 

 

   

 

 

いつでも家に人を呼べる人って尊敬する


「キスマイレージ」という番組で、2か所の街で女性に声をかけて、家に入れてくれた人の家賃を足していってどちらが勝つか…というのをしていた。

 

いきなり家に押しかけられても平気な人を尊敬する。

 

自分の家に人を呼べるタイミングなんて、ほんのわずかだ。
人が来る予定があるから掃除した、その直後だけ。

髪の毛一本落ちてるだけでも気になる。
自分の髪の毛だからまだ許せるが、他人の髪の毛って、気持ち悪いと思う。
来客者に髪の毛一本でも見つかったら、来客者が気持ち悪い思いをするんじゃないかと思うと、綺麗な状態でなければ家に入れられないと思ってしまう。

だが、自分が人の家にお邪魔するときには、髪の毛が少しくらい落ちていても気持ち悪いとまでは思わない。自分だって、いつも掃除が行き届いてるわけではないから。たくさん落ちてたら嫌だが。

 


友達の何人かが、いつでも家に人を呼べるタイプで、その中の何人かは、いつ行っても部屋がきれいだった。全く掃除をしてなくても気にせず家に入れるタイプもいる。
掃除をしてなくても気にせず家に入ってもらうタイプになればいいのだけれど。
無理。気になる。


良く見せたいと思うからだろうか??
それもある。
しかし、やはり、汚いと分かっていて、それを人に見せるという気持ちにはならない…。
汚くてもいいと言われても…無理だ。

 

ただ、掃除をすればいいだけなのだが……。

 

 

いつでも部屋をきれいにしていた友達を心の底から尊敬している。
全部が全部、杓子定規にきちっとしているかと言えば、そうではないが、また、そこがいい。

 

そういう人達は、掃除が楽しいのだろうか?
たまに、掃除が好きっていう人がいる。きれいになるから。
きれいになるのは嬉しいが、きれいに「する」のは大変だ。だから面倒だって思ってしまう。
物が多いところは、うんざりする。何もない部屋なら、掃除は簡単だが…。


だからミニマリストとか出てくるのかもしれない。
物がないと、きれいに見える。掃除も簡単だ。

 

ただ、物を集めるのが大好きだ。
物が少ない部屋も大好きだ。
自分の周りにあれこれ物を置いてしまう。


ああああああああああああああああああああ


掃除をすれば何かいいことがあるって思わなければできない。


もしかすると、だから、風水とかが受け入れられるのだろうか。

掃除をする意味を、将来いいことが起こるためだと説いて。
清浄にすれば、いい運気が入ってくると。

 

だが、これは、昔からの教えを他のことと結びつけたものだろう。
皆があまりにも掃除しないから、いい運気が逃げるとか、不浄だとか言って、掃除させたのかもしれない。

 

 

 

   

 

 

電話が嫌い

電話が嫌い。

 

かけるときも、かかってきた電話に出るときも、気が重い。

電話をかけるのがストレス。

 


相手は、今、何をしているだろう?
今、かけてもいい?
最初のひとことはどう言ったらいい?
「もしもし」って言っていい?
最初になんて言ったら伝わりやすい?


考える。
そして嫌になって後まわし。

 

でも結局期限に追い詰められて電話をかける。

 

もっと早くにかければよかった…。

 

 

電話がかかってくるのも、ストレス。

電話に出て、話し始めて、話が乗ってくればストレスを忘れる。

でも。話が長い人からかかってきたら。

時間がとられる(奪われる)って思って。

ストレス。

 

電話がかかってきたら、自分がしてたことを、いきなり、中断しなきゃいけない。
それを、わずらわしいとかんじる。
わがまま、だから。

 

 

急な変更があるときは、電話があると便利。

 

 

勧誘の電話なんて、消えてなくなればいい。

時間泥棒。
その1分も私の人生。私の人生を返せ。

断るのもストレス。

 

 


電話で話すよりも、文字で終わらせたい。

 

電話、嫌い。
かけたくない。
かけてこないで。