きゅうえもんのおと

どうでもいいことだらけの日常






武田真一アナウンサーがスーツで出演〔クロ現+〕。福岡・大分豪雨、治水・治山事業について。

 

NHKの「クロ現+」を見たら、武田真一アナウンサーがスーツで主演していた。

 

武田アナは、ニュース7からクロ現+に移動してからは、スーツよりはカジュアルなジャケット着用で出演していた。

 

しかし、福岡・大分豪雨が起こり、それをテーマとして扱うということで、スーツ着用を選択したのではないだろうか。

 

まだまだ報道畑に身を置いているということを視聴者として実感できた。

 

 

 

昨夜は、特別警報が出たことで、NHKは終夜、災害対応の特別放送をしていた。

今後、このような災害が起こったりすれば、武田アナが緊急ニュースに出動することもあるのだろう。

 

願わくば、そのような事態にはなってほしくはない。

武田アナには時間割通りに出演してもらいたい。

 

 

 

今回の福岡・大分豪雨はひどい。

伊豆大島や広島の土砂崩れもすさまじかったが、今回の被害もかなりひどい。

 

こればかりは、どうすることもできない。

 

今回、被害に遭った人達も、その人達が何か悪いことをしたわけではない。

たまたま、そこに住んでいて、たまたま、集中的に雨が降ってしまったというだけだ。

雨が降ることを止めることができるわけでもなく。

 

民放のニュースで、治水に関する公共工事をしなければいけないんじゃないか、という発言をする司会者がいたが、それは、現実問題として、とても難しい。

川は無数にあって、総延長は何百キロ、何千キロになる。

一つの自治体ですら、それくらいの距離になる。

山があって、低い土地(谷)があれば、それだけで水の通り道になる。

それを全て治水・治山事業で、絶対に水害を起こさないようにするというのは無理である。

金に限界があるからだ。

 

砂防ダムですら、今、砂が溜まって機能しない可能性のあるものが多数あるという。

それを更新することもできない財政なのだ。

なんたって、医療費が賄えずに増額するくらいだ。治水・治山事業に多額の支出などできない。

 

こればかりは、今後数十年は、天にまかせるしかないのだ。

いまだ、天には勝てないのだ。

 

 

   

 

 

 

浜崎あゆみが上沼恵美子に似ている気がする。(想像以上におばちゃんになっている…)〔今夜くらべてみました〕

 

今夜くらべてみました」を視聴中。

 

 

浜崎あゆみが出演しているが、思っていた以上に「おばちゃん顔」になっていて驚いている。

 

自分は、浜崎あゆみの全盛期を知っている世代である。

 

当時は、目が大きくかわいいと思っていた。

 

しかし…

 

浜崎あゆみが38歳、平野ノラが38歳、友近が45歳と画面に表示されているが、友近と浜崎を比べてみても、友近の方が若いかもしれないと思うくらいだ。

 

なぜ、こうなってしまったのか……。

 

 

上手に年齢を重ねていれば、もっときれいな年の取り方ができたのではないかと思うのだが……。

 

 

太っているのだろうか……。

 

そうだ。

おそらく、太っているのだろう。

 

 

そうだ、関西の大御所、上沼恵美子と似ていないか。

 

 

しかし、“アヒル口” は忘れない。

 

鈴木あみ鈴木亜美)も“アヒル口”が得意だったが、浜崎あゆみも“アヒル口”を意識している。

 

 

 

昔は、バラエティ番組でこんな風に多くしゃべってあり罰ゲームみたいなことをして騒いだりするようなキャラではなかった。

 

昔から歌唱力には疑問符が付いた歌手だったが、“カリスマ”と言われていた人だ。

 

 

人気商売は、本当に難しいのだと思う。

 

人気絶頂のときにビシッと引退して、引退後、一切メディアに露出しない山口百恵はお手本なのだと思う。

 

そういう商売なのだ。

 

山口百恵に関しては、本物のカリスマ性と歌唱力が備わっていたので、年齢を経ても歌手活動はできたと思うが。

 

浜崎あゆみに関しては、歌唱力が伴わない。

声が出ない。

 

 

ただ、昔はかわいかったのは事実だ。

歌もそれなりによかった。(誰が作ったのかは知らないが。)

 

何がどうなってこうなったのか…。

 

 

浜崎あゆみを見ていると、年齢にふさわしくあるということは大事なことだと痛感する。

 

 

 

   

 

 

“お試し”のはずが定期購入…というのは、ポイントサイトなどの影響もあると思う。〔ミヤネ屋〕

 

ミヤネ屋で、「ネット通販の“お試し”トラブル」についてやっていた。

 

消費生活センター国民生活センターへの相談が増えているという。

 

原因として、スマホが普及したことを上げていたが、自分は、ポイントサイトやアンケートサイトなどが影響しているのではないかと思う。

 

今は、回答したら3ポイント程度もらえるというアンケートがたくさんある。

Tポイントや、ドコモ、auのアンケートなどだ。

アンケートとは名ばかりで、要は、宣伝広告を見せるためのものだ。

 

「興味はありますか?」

「コラーゲンが重要であることを知っていますか?」

「○○(会社名)のイメージであてはまるものを選んでください」

「以下の中で魅力的だと感じるものを選んでください」

などなど。

 

最後に、「キャンペーン中」というページになり、「このキャンペーンに応募してみようと思いますか?」という質問となる。

 

「キャンペーンに参加すれば、さらに200ポイントがもらえる」とされていたりする。

 

そして、何回か同じアンケートが繰り返されたり、同じ商品、同じ会社の似たようなアンケートが繰り返される。

 

 

アンケートのポイントだけを得るだけにすると決めて回答していればいいが、何回も同じアンケートで商品を見ていると、最初はうさんくさく感じていても、「試してみてもいいかな」という気持ちになるかもしれない。おそらく、それを狙っているのだろう。

人間は、繰り返し同じものを見ると、親近感が湧いてくるという。知人の顔と初対面の人の顔を比べると、圧倒的に知人の顔に親近感が湧く。その効果を狙っているのだろう。

 

 

 

オイシイ話には注意しろ」。

 

 

   

 

 

「小林麻央さん亡くなる」というニュースに率直に思うこと

 

昨日(2017年6月22日)夜、小林麻央さんが亡くなったそうだ。

夫の市川海老蔵氏が会見をしていた。

 

 

小林麻央さんがブログを更新するとニュースになっていた。Yahoo!のトピックスで何度も見かけた。それで見なければ、わざわざブログにアクセスしたりすることはなかったので、一個人の病気の話だが、ニュースにすることも何らかの意味があるのかもしれないと思った。

 

去年の乳がん公表の会見の内容を聞いた時点で、かなりまずい状況だということは、多くの人が感じたと思う。

その後の経過も良くなく、いい方向へ向かっているという内容はなかったのではないかと思う。これは、自分の認識だが。

 

 

 

市川海老蔵氏は、20代の頃、中々のやんちゃぶりを見せていたが、父親市川団十郎氏が亡くなったのをきっかけに、責任感を持つ大人へと変貌したと感じている。

一年前の、小林麻央さんの乳がん公表の会見でも、かなりしっかりした受け答えをしていた。

父親が亡くなり、子供が生まれ、将来の市川団十郎であるという自覚が明確となり、背負う覚悟ができたのではないかと推測する。

 

 

小林麻央さんについては、残念でならない。

婚約会見、結婚会見での美しい姿が度々テレビで流れるが、それを見る度に切ない思いになっていた。ブログの写真が、徐々に、癌を患った人特有の人相になっていっていたからだ。

小林麻央さんなら、加齢によって、年相応の美しい女性になっていただろうと思う。

 

子供の成長を見たいという気持ち、死にたくないという気持ちはあったろうと思う。

自分はそんな気持ちになりたくない。とても怖い。

大切な家族が末期がんになるなんてことは想像もしたくない。

 

 

小林麻央さんのような状況に置かれている人はたくさんいるのだろう。

乳がんにかかる女性の割合はとても高いと聞く。3~4人に一人くらいの割合ではなかっただろうか。乳がんにかかった人で、かなり進行している人は多くいるだろう。

 

小林麻央さんのブログや周囲の人達が発する情報によって乳がんにかかるとどういうことになるかということが知れ渡ったと思う。

触って分かる癌であるということだから、なるべく早く気付くように、女性は気を付けた方がいいと思う。

 

 

市川海老蔵氏のプロポーズが「来世でも再来世でも一緒に」という内容だったというが、それが、こんなことを暗示していたとは思いたくはない。

これがこれから先、ロマンを感じるエピソードとして語られるように、市川海老蔵氏には頑張ってもらいたい。

 

 

 

   

 

 

「痴漢をすることは悪いことだから、痴漢を未然に防ぐために、まだ痴漢をしていないが痴漢をしようとした人を処罰しよう」という痴漢準備罪があったとしたら、どうだろうか?

トピック「共謀罪」について

 

【目次】

 

 

 

テロ等準備罪新設・改正組織犯罪処罰法成立

 

テロ等準備罪が新設された改正組織犯罪処罰法(「共謀罪法案」などと呼ばれていたアレだ。)が成立した。

 

www3.nhk.or.jp

 

このニュースを報じるときに、街頭インタビューを流していたが、その中に「テロを起こすつもりがないから自分達には関係がない」、「生活するのが精いっぱいで、そこまで考えられない」と発言する人がいた。

 

この法案をめぐっては、少しだけでも、危険な臭いを感じてほしかった。

 

 

誰だって、知っているんじゃないだろうか?

大本営発表は嘘ばかりだった。新聞社も嘘の伝達に加担していた」

赤紙が来たら、心の中でどう思っても、喜んで行くふりをしなければならなかった」

「戦争をすることはおかしいと思っても、言えなかった。なぜなら、言うと、どこかに連れていかれて戻って来られなくなるから」

「死ぬのは嫌なのに、戦死することを喜ばなければならなかった」

 

そんな時代があったことを、みんな、知っているんじゃないだろうか。

 

今の流れが弱まらなければ、こんな時代が来るかもしれない。

 

この記事では、 そういうことについて考えたい。

 

 

 

   

 

 

 

 刑罰が書いてある法律ははっきりと書いていなければならない

 

テロ等準備罪で問題とされている点について、個人的に思うところを書く。

 

 

法律の世界では、刑罰が科されるときには「何をしたら、どれくらいの刑になるのか」がはっきり定められていないといけないという大前提がある。

 

何をしたら、捕まるのか。何をしてよくて、何をしたらダメなのか。

これがはっきりわからないと、普通に生活できない。

 

どれくらいの刑になるのかということも、はっきりわからないといけない。

 

例えば、アヘさんがコンビニでガムを盗んで、罰金1万円を科されたが、アホさんがコンビニで同じガムを盗んだら、懲役10年を科されたという場合。

 

同じ罪を犯しているのに、人によって刑の重さが違いすぎる。

不公平だし、一体どれくらいの刑になるのか、事前に全く分からない。自分が何をしたら、どうなるのかが事前に分からない。

 

 

 

言葉には意味の幅がある

 

殺人罪は知っていると思う。

刑法には「人を殺した者は」処罰すると書いてある。「人を殺した」に当てはまった人が身柄拘束(逮捕)されて、裁判をして、刑罰を科される。

 

では、「人を殺した」とは、どういうことを言うのだろうか?

何をしたら「人を殺した」と言えるのだろうか?

それはどんな行為なのだろうか?

 

包丁で刺したら?

首を絞めたら?

鈍器で頭を殴ったら?

階段から突き落としたら?

毒を飲ませたら?

 

 

さらに、「人を殺した」と言えるためには、人が死ぬことが必要だ。

誰かが何かをして、そのせいで誰かが死んだと言えなければならない。

 

 

このように、実際は、一番分かりやすそうな殺人罪ですら、「人を殺した」に当てはまると考えられる行為に多くの種類があって、さらにその行為によって死んだのか(他の要因は全くないか)が証明されなければならないという判断過程が必要なのである。

 

 

 

 

「人を殺した」ではなく、「痴漢しようとした人」だったら

 

ここからもう少し、考えてみる。

 

「殺した」とか「盗んだ」ではなく、「痴漢しようとした人」だったらどうだろうか?

 

「盗んだ」人は、盗み終わった人だ。

「痴漢しようとした人」は、まだ痴漢をしていない

痴漢をすることは悪いことだから、痴漢を未然に防ぐために、まだ痴漢をしていないが痴漢をしようとした人を処罰しよう」という痴漢未遂罪痴漢準備罪(痴漢予備罪)があったとしたら、どうだろうか?

「痴漢をしようとした」とは、どのようなことを言うのだろうか?

東京都心の満員電車で女性(男性)と密着してしまって掌が女性(男性)の尻の近くにあるが、捕まりたくないからと手を動かした。

この人は、「痴漢で捕まりたくない」から尻から手を遠ざけようと動かしたのに、「痴漢をしようとして手を動かした」と言われるかもしれない。

手を動かしたから、痴漢未遂罪だと言われるかもしれない。

 

ある酒席で、3名が痴漢について語っていた。一人は「痴漢をする奴の気がしれない」と言い、一人は「痴漢をする気持ちが少し分かる」と言い、もう一人は「興奮するだろうなぁ」と言っていたとする。

この会話を聞いていた人が通報して3名が捕まる。3名とも、痴漢の計画をしていた容疑で。

 

 

さらに、もし、盗撮準備罪があるとしたら。

街中でスナップ写真を撮るために、カメラを常に持ち歩いていたというだけで、「盗撮しようとした」と言われて警察に連れて行かれるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

では、テロの準備行為とは何か?

 

では、テロの準備行為とは何だろうか。

 

法案には、テロのための金を手配したり、テロのために物を用意したり、関係場所の下見をしたり、計画をした犯罪を実行するための準備行為をしたら刑罰が科されると書いてある。

 

何をしたら、テロの計画を実行するための準備行為をしたと言えるのだろうか。

 

爆弾を用意したら?(企業爆破事件)

包丁を買ったら?(池田小無差別殺傷事件)

トラックを借りたら?(秋葉原通り魔事件)

 

特別な許可なく爆弾を作ったらそれはテロの準備行為だろうと思うだろう。

だが、包丁を買ったり、トラックを借りたりする行為はどうだろうか。

普通は捕まらないのに、ある人が包丁を買えば捕まり、ある人がトラックを借りたら捕まるという都合のいい使い方(恣意的な運用)がされたらどうだろうか。

 

「自分はテロに関わることなんてないから関係ない」と言いたくなるかもしれないが、無理やりこじつけられて「テロの準備行為だ」と判断されて警察に連れていかれたらと考えると怖くないだろうか。

 

 

 

 

曖昧な法律の怖さ

 

曖昧な法律は、権力を持つ人間が好き放題できてしまうというデメリットがある。

それでは国民が自由に生きられない。

だから、憲法でも「あいまいな刑罰法規はダメだ」と言っている。

 

「罰を与えるよ」と書いている法律は、はっきりと、「何をしたら、どうなるか(どんな刑罰が科されるか)」が書かれていなければならない。

テロ等準備罪に問題があると言われているのが、この点だ。

テロ等準備罪は主に「何をしたら」の部分が曖昧なのだ。

そこを危惧している人がいるのだ。

 

 

自民党が、

テロ組織はグローバル化しており、世界中どこでもターゲットとなり得る。テロを現実に差し迫った脅威として認識し、東京オリンピックなどの安全な開催に向けて、万全の対策を講じていかなければならない

と言っているのは間違っていない。

だけど、「テロを防ぐための手段として曖昧な刑罰法規を定めていい」ということにはならない。

 

 

 

「何をしたら」捕まるかが曖昧だったら、怖くないだろうか。

 

何をしたら警察に連れて行かれるのかが明示されていないと、捕まる方もあやふや、捕まえる方もあやふやだ。

捕まる方は、一体自分が何をしたら捕まるのか不安な毎日を送らなければならない。捕まりたくなくて、権力にごまをするようになるかもしれない。

捕まえる方は、自分達に都合のいいように法律を使うだろう。自分達の気に入らない奴らは、「テロ等準備罪に当てはまる」と言って、捕まえればいい。

 

反論する人がいなくなれば、議論自体がなくなる。

全て満場一致となれば、議論しなくてもいい。

 

議論がない国とはどんな国か、それくらいは想像できるだろう。

近い範囲にいくつもある。

我が国も、そんな時代があった。

 

そんなことになってもいいのか?

 

 

 

 

戦争へ向かう流れ

 

戦争は起こってほしくない。

でも、安倍党首の自民党では、戦争していたときの日本に向かって進んでいるように感じてしまう。

 

平和ボケの世代で、学校で学ぶ程度の知識しかなくても、戦争に遭遇したくないと思う。

死にたくない。家族を死なせたくない。

 

 

 

今の流れは、世界でも、戦争へ向かっているように見えて、怖い。

自分達は「保護主義」と学んだ。

自国第一主義と言えばいいのだろうか。

 

この流れの到達点は、「自国の利益のためなら何でもする」だ。

他国の領土を占領することも、国益のためだと言ってしまえば、正当化される。

 

そういう流れはとても怖い。

 

 

 

 

テロ等準備罪一つで、戦争をしていたときの日本への流れができてしまう。

今は大丈夫かもしれない。だが、日本は過去に、おかしいことをしていたことがある国なのだ。どの国もそうだろう。人権侵害をしていたから、人権を守るという動きが生まれる。

国が暴走することは、安全運転のときは想像ができないかもしれない。平和ボケしているときには、想像ができないかもしれない。だけど、想像の元ネタはある。過去の出来事だ。

 

 

すぐに分からないと言わないで、想像してほしい。

 

 

 

 

異常事態に陥ったときのために、隙だらけの法律を作ってはいけない

 

 国が正常なときならいい。

異常事態になったときの国を守るのは、正常なときの国なのだ。

異常者が好き勝手に使える法律を残しておいたらいけない。ましてや、作るなんてもっての外だ。

 

 

 

 監視についても、注意が必要だ。

「やましいことがないから、監視されても問題ない」と言っている人は要注意だ。

今の時代ですら、日本の検察は証拠をねつ造したのだ。

証拠のねつ造が怖いことは、想像できるだろう。

 

いつでもどこでも映像に撮られて音声を録音されているときに、冗談で「爆発しろ」と言ったとする。

この音声を自由に使える側は、これを好きなように利用して、証拠があるからと捕まえる。

これは証拠の「ねつ造」ではなく、「恣意的な利用」だ。

こんなことで、身柄拘束される時代が来るかもしれないのだ。

そんなことに使われるような隙だらけの法律は作ってはいけないのだ。

 

 

憲法で「通信の秘密を確保するぞ」とわざわざ規定したのは、通信に秘密がなかった時代があるからだ。

昔は手紙だったが、手紙を他人(権力者)に勝手に見られるのだ。

そして、「やましいことを考えていたから捕まえる」と、捕まえるのだ。

友達に自分の考えを伝えようとしていただけで、まだ、何もしていないのに。

さらに、その手紙の内容は、権力者から見ればやましいかもしれないが、国民から見ればやましくないのに。権力者にとって都合が悪くて、国民にとって都合がいいのに。

 

 

 

 

どうか、少しだけ想像してほしい。

 

自分の国を守るのは、自分達だ。