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きゅうえもんのおと

どうでもいいことだらけの日常






いつでも家に人を呼べる人って尊敬する


「キスマイレージ」という番組で、2か所の街で女性に声をかけて、家に入れてくれた人の家賃を足していってどちらが勝つか…というのをしていた。

 

いきなり家に押しかけられても平気な人を尊敬する。

 

自分の家に人を呼べるタイミングなんて、ほんのわずかだ。
人が来る予定があるから掃除した、その直後だけ。

髪の毛一本落ちてるだけでも気になる。
自分の髪の毛だからまだ許せるが、他人の髪の毛って、気持ち悪いと思う。
来客者に髪の毛一本でも見つかったら、来客者が気持ち悪い思いをするんじゃないかと思うと、綺麗な状態でなければ家に入れられないと思ってしまう。

だが、自分が人の家にお邪魔するときには、髪の毛が少しくらい落ちていても気持ち悪いとまでは思わない。自分だって、いつも掃除が行き届いてるわけではないから。たくさん落ちてたら嫌だが。

 


友達の何人かが、いつでも家に人を呼べるタイプで、その中の何人かは、いつ行っても部屋がきれいだった。全く掃除をしてなくても気にせず家に入れるタイプもいる。
掃除をしてなくても気にせず家に入ってもらうタイプになればいいのだけれど。
無理。気になる。


良く見せたいと思うからだろうか??
それもある。
しかし、やはり、汚いと分かっていて、それを人に見せるという気持ちにはならない…。
汚くてもいいと言われても…無理だ。

 

ただ、掃除をすればいいだけなのだが……。

 

 

いつでも部屋をきれいにしていた友達を心の底から尊敬している。
全部が全部、杓子定規にきちっとしているかと言えば、そうではないが、また、そこがいい。

 

そういう人達は、掃除が楽しいのだろうか?
たまに、掃除が好きっていう人がいる。きれいになるから。
きれいになるのは嬉しいが、きれいに「する」のは大変だ。だから面倒だって思ってしまう。
物が多いところは、うんざりする。何もない部屋なら、掃除は簡単だが…。


だからミニマリストとか出てくるのかもしれない。
物がないと、きれいに見える。掃除も簡単だ。

 

ただ、物を集めるのが大好きだ。
物が少ない部屋も大好きだ。
自分の周りにあれこれ物を置いてしまう。


ああああああああああああああああああああ


掃除をすれば何かいいことがあるって思わなければできない。


もしかすると、だから、風水とかが受け入れられるのだろうか。

掃除をする意味を、将来いいことが起こるためだと説いて。
清浄にすれば、いい運気が入ってくると。

 

だが、これは、昔からの教えを他のことと結びつけたものだろう。
皆があまりにも掃除しないから、いい運気が逃げるとか、不浄だとか言って、掃除させたのかもしれない。